試行錯誤と思考錯誤

AIがある時代になって、ほんと便利になりましたよね〜。
質問したら、だいたいの答えが一瞬で出てくるし、
しかもけっこう良い感じ(っぽい)答えが。
最大公約数的に、そこそこ外さない、平均点を安定して。みたいな。
で、それが悪いかというと、ぜんぜん悪くないし、
自分もよく使うし、便利だし、助かるんだけど、
助かりすぎて、逆に心配になるくらいですよね。
ただねー、「その正解って誰の正解なのよ?」って思うこともしばしば。
試行錯誤と思考錯誤
で、これってたぶん「みんなの正解」ですよね。
つまりどこまで行っても平均・最大公約数的な正解。
こういう答えって間違ってないし、ほぼみんなが納得するけど、
自分は納得できないってこともあるわけで。
そこに当然自分は含まれてるようで、なぜか含まれてないことも多い。
というか、けっこう含まれてない気もする。
これは昔から、少数派・逆張り派・天邪鬼という性質?性格?特徴?が、
そうさせちゃってるんだと思うけど。
なので、最近よく考えるのが、「試行錯誤」と「思考錯誤」。
思考錯誤なんて言葉はないかもしれないけど、
「行動」を伴う試行錯誤と、「考えること」を伴う思考錯誤、って感じ。
この2つをセットで大事にしといた方がいいのかも、という話。
AIの正解は自動モードっぽい
たとえば料理とかコーヒーとか。
レシピって、今や無限に出てきますよね。
本格なのから家庭用からお手軽時短まで。
分量、温度、時間。
いちばん失敗しにくい手順がちゃんと用意されてるのが良いレシピ。
とされているわけですけど、それはそれでもちろん最高ではあります。
でも、そこで終わると、だいたい「そこそこ」になるんですよね。
最大公約数的に、だいたいの人が納得する味。
つまり、正解っぽい、って感じですよね。この「っぽい」ってのが曲者で。
ホットクックとかオーブンなら自動モードね。
なんかそれっぽく美味しくなるんだけど、
もっとできるでしょ?って思っちゃうというか、中の上レベル、みたいな。
中の上ならまあ悪くはないけど。
でも、その「正解っぽい」のを繰り返してると、
いつの間にか自分の好みが分からなくなるんじゃないかなーっと。
無思考で最短ルートで正解っぽいのを浴び続けると、
知識としては分かってるけど、感覚としては育ってない、みたいな。
自動モードって、なんかそういう気がするんですよね。
なので、料理で言えばホットクックはほぼ手動モードしか使わないんだけど、
当然、失敗もありますよね。普通に。実験なので。
試行錯誤 = 行動してみて失敗すること
試行錯誤って、やってみて、失敗して、直して、またやる。
もうそれだけ、って単純な話で。
正解を探してるようで、これ実は失敗を探してるんですよね。
成功する法則なんてのはないけど、失敗する法則はある、ってのと似た感じ?
ゲームとか遊びだと当たり前に誰もがやってると思う、
仮説を立てて試して外れたら次の仮説に進んでどんどん候補を潰していって、
最終的に残ったやり方がうまくいく可能性が高い、ってのと同じ。
なので、あえて失敗の方を探しに行くと、最終的に成功や正解に近いものが残る、
っていう感じかなー。
で、この「失敗」が、今の時代ちょっと嫌われがちですよね。
なるべく最短で正解へ。
なるべく無駄なく。
なるべく効率よく。
コスパとかタイパとか言いますよね。
って自分は言ったことないし、周りから聞いたこともないけど。
どこで使われてるんだ?SNSかな。
もちろん仕事なら分かるんですよ、それがいい場合が多いかもしれない、気がする。
でも、生活とか趣味とか、自分の表現とか、
そういうのまで最短距離にしなくてもいいんじゃないかなーと。
むしろ、迷ったり行き詰まったり、何回も同じ失敗を繰り返したり。
そういう遠回りの途中で、変な発見が出てくるわけで。
普段は失敗っぽいのに、たまに謎にめちゃくちゃ良い日があったり、
逆に、いつも通りにやったのに、なぜか大失敗する日もあったり。
平均よりちょっとはみ出ちゃう上下のガタガタが面白いんですよねぇ。
安定してないから、飽きない気がしますよね。
で、そういうガタガタを経験していくと、
自分の好きなものがわかるというか、自分だけの基準が見えてくるというか。
最大公約数の外にある、自分の好み、って感じかなー。
みんなとはちょっと違うけど、確実に自分好みだぜ、みたいな。
一般的な正解に辿り着くことも当たりなんだけど、むしろこっちが出たら大当たり。
あれは、試行錯誤しないと出てこない、
と思うんだけど、どうなんでしょ。
思考錯誤 = 答えを見る前に一回まちがえること
もうひとつが思考錯誤。
こっちは行動じゃなくて頭の中の話。
AIって、こっちの意見を肯定していい気にさせつつ良い答え出しますよね。
そのくせ誤りを突っ込んだらすぐ覆る。
(なのでいつも必ず反対意見も同時に徹底的に出させたりします)
でも、答えを見た瞬間に、それが正解かどうかと関係なく、
人の脳って思考停止しちゃいますよね。
そこで考えるのをやめちゃうっていうか。
はいはい、もう分かったよ、みたいな。
これがけっこう危険だなーと思ってて、
なので、ワタクシがいつもやってるのは、
答えを見る前に、自分の仮説をいったん作るようにしてます。
こうかな?いや違うかな?じゃあこうか?
って、どうでもいいことでも、まずは1回考えてみる。
で、答え合わせしてみると、外れることも多いんですよね。
外れるんだけど、その外れ方こそが「自分のクセ」なわけで。
自分の思考の癖が見えてくるわけです。
自分で考えた後に答えを見たり、AIに投げかけたりする方が面白い。
「なんで自分はこっちに寄ってるんだろう?」ってなる。
そこから考え直すのが、思考錯誤、という感じですかね。
つまり、間違えることを先にやる、みたいな。
失敗とか間違えることって恥ずかしいことくらいに思う人も多い気がするけど、
実際はそんな恥ずかしいことでもないし、むしろ大事。
自分が何を考えてるかって、自分で理解するの結構難しいんだけど、
間違いを繰り返して思考のクセを自分で理解すると、
だんだん自分ならこう考えるよね、みたいな、
第三者的なメタ視点(矢沢ならこう言うよね的なやつ)というか、
そういうのが生まれて思考が深くなる気がします。
最大公約数から抜けたところに、人生の楽しみがある
結局のところ、AIが出す正解は、平均値としてすごく優秀だけど、
自分「だけ」の正解は、平均値の外側にあることが多いよね、っと。
なので、「試行錯誤(身体)」と「思考錯誤(頭)」。
っていう、この2つを同時に考えてると、人生がなかなか楽しくなる気がします。
自分基準が育つと、日常のちょっとしたことでも楽しい。
気がする。気のせい?
便利なものを使いつつ、便利さに染まりきらない、みたいな、
そのバランスのちょうどいい塩梅を見つけるのが、
これからのAI時代は特に大事かもなー、と思ったり思わなかったり。
話が長いっ!
ブログやホームページ始めませんか?



